幸せと不幸のインデックス

幸せとはなんでしょうか。

春の日差しが強い季節になってきました。
紫外線を吸収し、今年こそ腹筋と肌を板チョコのようにしたいです。

 

ポイントは貯めぬが、マイルは貯めたい。
久しく日本を出てない、ガラパゴス国民のジョン前田です。

 

ニュースで幸福な国ランキングなるものを見ました。

www.bbc.com

一位は、フィンランドだそうです。
トップ10は、ほぼ欧州。
日本は、54位。

worldhappiness.report


詳細のレポートを見ると、幸福度を判断する要素は以下が使用されています。

・人口あたりGDP
・社会的支援
・健康な平均寿命
・人生の選択をする自由
・性の平等性
・社会の腐敗度

社会支援や選択の自由が幸福度に繋がるのは割とイメージできますが、人口あたりGDPなんかは「幸福」と関係あるのでしょうか。

この指標は、マクロ視点が多いと思います。
つまり、国家全体をある指標で計っている、というようなものです。


自分は、もっとミクロな視点も必要と考えます。
つまり、個人が幸福な状態ならする行動を計測するつものです。

 

例えば、寄付などは自分に余裕がある人じゃないとできないでしょう。

勿論、節税の側面もあるため、寄付額だと金持ちにより平均が押し上げられるため、寄付件数などをカウントする必要があると思います。
(余裕がある=幸福、とまでは言い切れませんが、余裕、言い換えれば、安心感は幸福の大事な要素の1つでしょう)

 

ボランティアへの参加なども考えられるでしょう。

上記は簡単な例ですが、幸福が個人の行動に影響を及ぼすと考えれば、指標の候補として検討できます。

目立った行動でなくても、うまくいってるからこそ、離婚や中絶などの件数が減るということもあるでしょう。

 

しかし、このような寄付やボランティアも行動としては、弱い部類だと思います。多くの金、時間、エネルギーを必要としないからです。

 

幸福が故の行動で、強い部類のものは今パッと思いつきません。

 

視点を変えて、不幸について考えるとどうなるでしょうか。

 

不幸が故の行動とは、いったいどのようなものがあるでしょうか。
犯罪件数が多いのは、どう考えたって不幸な国です。

 

ミクロな視点で個人の行動で最も不幸な行動は何でしょうか。

私は、自殺と考えます。

ご存知のように、日本では、毎年3万人前後の自殺が起きています。
震災の犠牲者よりも遥かに多い人数です。
これを狂ってないとして、何が狂っているのでしょうか。

 

世界的に見ても、日本の自殺率は高く、WHOによれば、世界で13位だそうです。

english.cheerup.jp


このような自殺大国の日本では、ちゃんと社会に適応することが自殺候補者への第一歩なのかもしれません。

安楽死が認められている国もあるため、全ての自殺を否定するわけではありませんが、それは例外的なものと考えます。

個人の究極の不幸な行動を自殺とするならば、自殺の多い国は明らかな不幸な国と言えるでしょう。


また、不幸を別の視点で考えると、個人が何を信じることができるのか、というのも指標になり得るでしょう。

 

宗教も1つですが、信頼できるものである必要があるのは国家そのものです。

この世に清廉潔白な国家があるとは全く思いませんが、国家を少しでも信じられるものにするために必要なのは、自由な報道です。

報道機関は本来、国家を監視し、暴走しないようにすべき存在です。
報道が正常に働くからこそ、社会や国家の自浄作用が機能します。

しかし、日本は、報道の自由ランキングで72位でした。

rsf.org

 

評価団体が他にもあり、意見の違いはあるため、鵜呑みにはできませんが、決していい評価ではないでしょう。

 

www.newsweekjapan.jp


このように考えると、自殺が多く、報道の自由がない日本という国は、まさしく不幸な国と定義できそうです。

 

政府はいつも成長戦略と叫んでいますが、有限な地球で、全人類が拡大と成長を続けるのは、破滅へダッシュしていくようなものです。

拡大から成熟へのシフトも必要ですが、不幸の絶対量を減らすという意味で、自殺率の低下を目標として掲げてもいいのかもしれません。

 

極秘工作員ラジオ #02 「健康的な食事」

まだまだ春は来ず、地球温暖化と言いつつも、夏と冬が長く、より強烈になり、春と秋が窓際族になりつつある日々を過ごしております。

 

花粉症もなんその、花粉さえも俺を避けて飛ぶ!

その腸内環境は黄金郷!ジョン前田です。

 

ラジオ第2回は、健康的な食事に関するものです。

BGMつけたんですけど、拡張子の問題でyoutubeにアップロードできず、変換も戸惑ったので、sound cloudにアップしました

 

 

朝と夜の文化との相性

久しぶりに2日酔いになってしまいました。

 

今回の文章は、音声入力を駆使して書いています。

AI を超える輝くプリケツ、ジョン前田です。

 

久しぶりに居酒屋をハシゴしました、その後、近所のバーで一人飲みました。

バーのシメで、うまかっちゃんを食べました。

懐かしくてセンチメンタルな味がしました。

実家の両親が元気にしているかちょっと気になります。

 

寝たのが2時過ぎぐらいで、8時ぐらいに起きて、頭痛と胃の痛みが午後まで続きました。

半年ほど前から酒はほとんど飲まなくなり、一か月に一度も飲まない時もあります。

 

酒に限らず、夜の文化が自分は割と苦手なのかもしれない、と感じることが多々あります。

勝手な定義ですが、夜の文化とは、例えば

・お酒を飲むこと (特に大勢で)

・夜遅くまで、オールで騒ぐこと

・高いディナーを食べること

・高級なものを買うこと

のように、お金をたくさん使って、財・サービスを享受することを夜の文化と位置づけています。

世間的には、この夜の文化が充実している方が、人生が充実している思われがちです。

 

一方、朝の文化は、

・読書をすること

・ジョギングやヨガ、筋トレをすること

・ 少人数でご飯を食べること(酒抜き)

のように、割りと、1人/少人数でゆっくり過ごすこと、と位置づけています。

どちらかと言うと自分は、朝の文化が多い生活です。

 

そのため、毎週末必ず誰かに会うというような生活ではありません。

確かに寂しい部分はあるんですが、無理に人に会おうとすると、疲れてしまう部分もあります。ただでさえ仕事で疲れているのにw

 

朝の生活から夜の生活にシフトする気はありませんが、新しい人間関係、出会いを求めている部分はありますし、朝を中心とした生活とも異なる日々が必要だとも考えています。

 

社会人になってなかなか新しい友達はできないものです。できたとしても、実はネズミ講マルチ商法だったりする場合が何度かありました。

 

酒は出会いの場のツールとしては、いいものだと思っています。

しかし、酒で仲良くなれるとは思っていません。

ただ、仲良くなった気になっているだけだと思います。

 

とはいえ、コミュニケーションが酒中心なのは仕方ないので

最初はお酒がある場所で出会って、その後はサシか、少人数でご飯を食べることを繰り返して、仲良くなっていくのがベストかな、と思っています。

 

仲良い奴とは酒がなくても楽しいものです。逆も然り。

変に高級なレストランに行く必要もないでしょう。

 

そうすれば、朝の文化中心の生活でも、人間関係を広げることができると思っています。

 

朝の文化や夜の文化は、単なる好みの問題なので、良し悪しはありません。

 

自分自身、これが嫌いだ、みたいなことを言うことがたくさんあって、この文章もそうなんですけど、それをわざわざ外部にアピールする必要ってないですよね。

共感する人がいることを求めて、愚痴を言って仲間を作ろうとする人に似ています。

 

愚痴を言う人だけじゃなく、昔話や自慢、説教を言う人が苦手なんですが、その中に自分自身がいる、という状況です。

自分は自分、他人は他人で、無理に社会に迎合せずマイペースに生きていたいと考えているので、 直していかないといけない、と日々感じています。

 

自分の口から、あるいは自分の思考で、マイナスのアウトプットが出る原因は、嫉妬や執着にあると考えています。仏のような潔白な人間になるということではなく、本当の意味で自分と他人を比較して自分や他人を嫌いになることをなくしたい。

 

過去への執着を少なくするには、今を楽しむことが必要なんでしょうが、なかなかできない、というのが現状です。自分の中で大きな変化を起こすタイミングが来ています。

 

もっと自分にとって大事なことに集中しないといけないんですが、ノイズに惑わされたり、現実逃避してしまいます。

 

無意識の他人との比較を行なってしまうツールで最たるものが、インターネットでしょう。

SNS はその典型です。自分自身 、 SNS はすべて退会していますが、ネットサーフィンでまだまだ無駄な時間をたくさん浪費しています。

インターネットと距離を置くことが大事なんだと思います。

 

先に述べた、朝と夜の文化で言えば、インターネットは一人で操作するものですが、基本的に他者との関係がベースになっているので、夜の文化と言えそうです。

 

ネットは便利ですが、依存せずに良い関係を築く必要があります。

 

結論、何が言いたいかと言うと

夜の文化の付き合いは、時々必要な場合に応じて対応して、基本的に朝の文化、自分と親しい人々との関係を大事にして、ほどほどに楽しく生きていけたらいいなと。

 

具体的な行動としては、飲む時に酒は飲まずに、酒なしでも楽しい人と過ごすことにフォーカスするといったところでしょうか。

極秘工作員ラジオ #01 「筋トレのすすめ」

2ヶ月遅れのあけましておめでとうございます。

 

遅れてきた春一番、ジョン前田でございます。

 

今まで、数年に渡りブログで駄文を書いてきたわけですが、トーク術の向上を目的として、サウンドプロジェクトとして音声を録音しました。

 

記念すべき第一回は、健康管理での筋トレです。

BGMはありません!いずれつけます。

自分で聞くと声がキモいw

 

極秘工作員ラジオ #01 「筋トレのすすめ」

酒からの卒業

急に温度が下がったり、雨が異様に多かったり

地球温暖化が関係してるか知りませんが、季節感ガン無視スタイルな日々が続いている。

 

そんな日々でも、気分は快晴、股間は大雨!

モーレツ機関車、ジョン前田です。

 

酒(飲み会)、やめました。

厳密には、二度と飲まないってことでは無いんですが、実質やめたっていう感じです。

大学時代は、結構飲んだくれて、記憶飛んでましたが、ここまで変わった。

 

酒、飲み会をやめるから、居酒屋でソフトドリンクだけ飲んでるとかもしない。

つか、それくそだるい。

 

何故なのか。

理由をいくつかに分けて、まとめてます。

 

◆健康面

元々、学生時代から酒そのものは弱い。

度数の高い酒は飲めないし、量も飲めない。

勢いで飲んでただけ。

 

飲むと、目が冴えて、寝付けないし、翌日下痢になる。

健康に関しては、何のメリットもない。

酒のツマミも脂っこいものが多いし、太る。

 

◆金銭面

飲みは結構金かかる。

4000-5000円、ハシゴなら、8000円超えるのも珍しくない。

安い居酒屋の店はおいしくないし、メシも旨い店で飲むと8000円くらいとぶ。

 

ただ、それなら、その5000-8000円を酒なしのメシに使ったほうがQOLが高い。

加えて、ディナーじゃなくて、ランチにしたほうが更に良いものが食べられる。

 

夜だと、特上カルビが一皿8000円するような游玄亭も、ランチなら4000-6000円で食べられる。

もちろん、肉の量は少ないが、いい肉は脂も多いので、多くはいらない。

ホテルのランチも夜に比べると、安いらしい。

 

頻繁に外食はできないが、週末ランチで高級店にたまに行く、というようなスタイルに変える。

 

◆時間

飲みは時間もかかる。

短くて2時間、ハシゴ含めて長いと4時間くらい。

酒飲んでるから、話の内容は覚えていないし。

 

飲み放題で、2時間経っても、そこからさらに30分、1時間近くグダグダするのは無駄。

睡眠時間も削られる。

 

 

◆話の内容

仕事関係の飲みで、仕事の話になるほどつまらないものはない。

上司がいれば、会話の主導権がやつにあって、話題を変えづらい。

 

また、自慢、昔話、愚痴、何度も聞いた話も嫌いだ。

酔ってる当人は、同じ話を何度もしてても気づかないから、こちらが辛い。

 

意識高い系の話はしないけど、

真面目なことも超絶くだらないことも話せる場が良い。

 

 

◆電車

飲んで乗る電車は辛い。

遅い時間だと混んでるし、徒歩圏内だと、これがないから、かなり快適である。

 

 

◆人間関係

何より、仲がいいやつとは酒がなくても楽しいし、逆も然り。

価値観は人それぞれ。

飲みたいやつは飲めばいいし、そうでなければ、定食屋行くなり、帰ればいい。

 

酒、あるいは飲み会の場にいることの同調圧力は嫌いだ。

 

酒で仲良くなる、とよく言うが、違う。

仲良くなった気になっているだけだ。

 

飲み会がつなぐ人間関係など、吹けば飛ぶ。

 

酒がないとつまらない、という人間も多いが、そういう輩は酒の有無に関わらずつまらない。

 

◆酒がないと何もできない奴にならない

酒がないと、何もできない(シラフだとくらい)酒弁慶にはならない。

酒のんで脱ぐのではなく、シラフで脱げるような人間になる。

 

女口説くのに、酒に頼るのではなく、

ランチでオーガニック定食食べてても、ガンガン攻める。

 

 

◆仲良くなるには

仲良くなるのに、食事は有効だが、別に飲みじゃなくていい。

ランチでも十分だ。

出来る限り、少人数で。

 

気軽に時間のかかる夕食に誘うのも、相手の時間を考えてないように思える。

 

◆個々の価値観

自分が大好きなものに、他人がNOという場合もある。
それを変えようとするのではなく、お互いの意見を尊重する必要があると思う。

 

無理に合わせる必要性は無い
どっちかが無理に合わせると、ストレスになるから
それはよくない

 

個人個人で、合う時は同じ行動して、合わない時は別行動
それだけ

 

一緒に過ごすのがストレスになる人間関係を望んでない

 

 

とまぁ、こんな感じでしょうか。

 

ここぞっていう時は、飲むけど、年に5回以内に抑える。

 

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原点回帰 食と運動

梅雨はあけたはずなのに、8月に雨が降り注ぐ。

 

手に職つけたいけど、何が向いてるかとかもうわけわかんないわ。

迷えるコンクリートジャングルのラム肉、ジョン前田です。

 

 

今回は、食と運動、に対する自分たちの関係に関して考えました。

 

◆食

最近、NETFLIXを始めたんですが、健康に関わるドキュメンタリー映画を見ました。

・『健康とは何か』(原題:WHAT THE HEALTH)

 →動物性食品は身体によくないよって話

 

・「甘くない砂糖の話」(原題:SUGAR)

 →砂糖の摂り過ぎはよくないよ、

  日常的な食品にもたくさん砂糖が含まれているよって話

 

元々、それなりに健康管理について知識はある方ですが

映像で体系的に提示されると、しっかり頭に入ってきます。

 

〜〜は身体に良いという情報のための研究の多くは、企業資本によるものです。

たとえ、国の政府機関やNGOでも、資金や権力を持つポジションには巨大な多国籍企業が関わっています。

 

そのような企業が、肉や乳製品は身体にいいと言わせています。

糖分を大量に含む飲食物を大量に広告しています。

 

いわゆるファストフードやコンビニ食品などのジャンクフードは身体に悪いと多くの人が思っているでしょう。

 

しかし、日常的に口にする動物性食品や糖質も健康リスクがあることをどれだけ認識しているでしょうか。

 

加工食品でなくとも、動物性食品は生活習慣病などのリスクを高めます。

日本含め、安い肉は工場式畜産で生産され、ひどい衛生環境のため、感染症も発生しており、リスクは広範囲に及びます。

 

糖質、特に精製された糖質(白い米や白い小麦)は糖尿病などのリスクを高めます。

とうもろこしの工場式農業のおかげで、安価に甘みを生み出せるようになり、現代人の多くは糖分中毒に陥りました。

 

しかし、全員がベジタリアンヴィーガンになるなんて無理な話です。

 

とは言え、できる範囲で個人の食生活を変えていかないと、疾病リスクは高まるばかりです。

 

私は、以下の3つの行動が効果的と考えています。

 

(1)普段は粗食、時々外食、まれに豪華な食事

おそらく殆どの人は、毎日あるいは毎食、動物性食品は食べているでしょう。

それは食べ過ぎです。

 

ハレの日とケレの日、ではないですが、現代人の多くは毎食がハレの日のような食事です。

普段はシンプルな食事で十分です。

幸い、日本食は植物性食品が中心で、味も薄めです。

玄米と具だくさんの汁物や鍋(基本的に植物性食品のみ)、小皿で一品あれば十分でしょう。

 

たまに外食で、動物性食品を食べるくらいで十分かと。

週の半分はヴィーガンのようなイメージです。

 

 

(2)距離のある食べ物は避ける

フードマイレージの意味で、生産から食べるまでの移動距離が長いと、それだけ保存のために薬品漬けになります。

また、黄色い衣の激安チキンナゲットやお菓子のような加工度の高い食品も、食べるまでの製造工程が長いという意味で、距離があると言えます。

このような食品を避ける意識をすることで、幾分マシな食生活にはるはずです。

 

(3)朝食は食べない

そもそも1日3食は食べ過ぎです。

毎食の量も多いですし、消化器官に大きな負担となります。

食べると排泄が阻害される悪影響もあるため、排泄に適した午前中は食べないほうが無難です。

 

さらに、間食も増え、1日5食となってきているため、何事も過剰摂取には気をつけましょう。

 

 

食事も他と同様、

何をとるか、ではなく

何をとらないか、が大事です。

 

 

◆運動

ジムをやめました。

ゴールドジムには1年4ヶ月くらい、その前のジムも合わせると、合計3年近くでしょうか。

その割りには、しょぼい身体ですが、元々ガリガリだったから仕方がない。

 

しかし、筋トレそのものをやめるわけではありません。

自宅での自重によるトレーニングに切り替えました。

 

きっかけはこの本です。

 

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表紙がビスケット・オリバなのは、目につくけど安易ww

 

簡単にいうと、アメリカの囚人が書いた自重トレーニングの本です。

アメリカで、convict conditoning のような言葉が出てきたのは聞いたことありますが、書籍を読んだのは初めてです。

 

種目の説明は省きますが、要点は

ウェイトトレーニングは、不自然は動きで無駄に筋肉を膨らませるだけだ

ウェイトトレーニングだと、関節などを怪我するリスクが高まる

・自重トレーニングは、自然な動きで、身体を強靭にできる

・自重トレーニングは、神経系の発達、関節や腱も強化される。

 

のようなものです。

 

ウェイトが関節に負荷をかけるのは、体感としてありました。

自分はハーフデッドリフトをしていましたが、怪我しないように腰にトレーニングベルトを巻きます。

その状態でも、自分がやっていた130kgを引くと、終った後には、腰に詰まったような感覚が残ります。

初心者の自分でなく、高重量のトレーニーなら尚更でしょう。

 

実際、高重量のウェイトを行う人は膝や肘に、締め付けるための硬いバンドを巻いたり、テーピングを巻いている人も多く見かけます。

 

故障しているのに無理に行っているひともいるでしょう。

故障しないように、予防している人もいるでしょう。

 

しかし、そのようなベルトなどを巻かないと怪我リスクが高いトレーニングそのものは、どう考えたって危険です。

 

筋肉の肥大のみを目的として、関節は無視されています。

確かにそれでは、故障する人も多いのは納得できます。

 

 

本を読むまでは、腕立てなんて女性や子供がやるものなんて考えてた脳筋の私ですが、筋力の向上に、ウェイトか自重かは無関係です。

 

バーだけ担いで、スクワットするのと、片足スクワットだったらどっちが高負荷でしょうか。

 

自重でも、片手腕立て、片足スクワット、逆立ち腕立て、片手懸垂などを高回数できるレベルに到達できたら、ジムで高重量を扱う人と変わらない、あるいはそれ以上の強靭な身体になるでしょう。

 

加えて、自重なら怪我リスクが低い。

ジムの会費もかからない。

 

それなら、やってみようと思ったわけです。

ジムと自重を並行でしばらくしようかなとも考えましたが、情熱が完全に自重に移ってしまい、本を読んだ翌週にはジムを退会していました。

 

デメリットとしては、

・懸垂のために買った懸垂スタンドがでかすぎる

・自宅のため、いつでもできると思ってしまい、なかなか始められない

といった問題もあります

 

そんなわけで、自重をしっかり初級レベルから始めています。

身体が重いので、ジョギングで公園を1周ごとにスクワットや腕立て、バーピーを複数回行うメニューも検討中です。(雨が多くて走れていない)

 

YouTubeで「calisthenics」で検索すると、鉄棒などで自由自在にアクロバティックな動きをするマッチョをたくさん見かけます。

もちろん、彼らが全員ウェイトをしていないわけではないですし、土台はウェイトでつくった人も多くいるでしょうが、calisthenicsで鍛えている人々は多いことを実感できます。

 

calisthenicsの動きは、単なるトレンドではなく、ムーブメントでしょう。

新たなトレーニングの選択肢が増えたことを意味します。

 

身体を鍛えるなら、ジムに行って、たくさんサプリメントを飲まないといけないという企業メッセージに対するアンチテーゼです。

 

ジムに行かず、自重でトレーニングを始めて、それなりに身体も強くなってきたとしましょう。

おそらく、「どこのジムに言っているの?」と聞かれることもあるかと思います。

 

そんな時は、こう言うんです。

 

 

「地球が俺のジムだ」

 

肉体感覚

梅雨に入った。

7月の上旬頃に梅雨はあけるが、
自分のひもじい暮らしはいつになったら終わるのだろうか。

 

お酒は20代で卒業ですかね。

孤高のデジタル宗教家、ジョン前田です。

 

先週末、とあるスポーツブランドのイベントで渋谷区を全力疾走したんですけど、めちゃめちゃきつかった。

 

ジョギングの終わりにダッシュをするんだけど、それと同等以上の速さで、数分間走り回った。

信号などで立ち止まることはあったものの、あんなに全力で何年ぶりだろうという感覚。

ゼェゼェとしか呼吸できず、自分の心肺能力の低さに改めて気づいた。

同じイベントに参加していた人は、ウルトラマラソン出場者や、月200km走るようなレベルがいて、もうガチ過ぎて次元が違った。

 

あの全力で走ったあとの、まともに呼吸できない状態は確かにキツイのだが、自分が肉体を持った1つの獣であることを感じる。

 

私は、テクノロジーに囲まれた現代人の肉体感覚は非常に衰えていると思っている。

 

肉体感覚が衰えると、危機管理ができない。

駅のホームの端をスマホを見ながら歩いたり、音楽を聴きながらスマホをいじりつつ自転車に乗る輩もそうだろう。

横断歩道をはみ出して、車道で信号が変わるのを待つ人も多い。

 

考えもしないのだろうが、自分は大丈夫という過信があるのだと思う。

自然は危険に満ちている。

文明化されたといえ、都市も同様である。

怯える必要はないが、周囲の危険を気を配れるよう肉体の感覚を研ぎ澄まさないといけない。

 

また、肉体感覚が無いことは、全能感にもつながる。

インターネットとPCがあれば何でもできると勘違いしているように見える人間が多い。

ネットで何しているかは知らないが、ネットもソフトウェアもWEBサービスもバックグラウンドに過ぎない。

リアルこそメインである。

そこで何をするかだ。

 

肉体感覚を取り戻すには、トレーニングがいい。

走るのも、ウェイトでもいいだろう。

 

先に述べたように、世にはトムソンガゼルかと思うくらい走っている人間たちがいる。

ゴールドジムに行けば、信じられない重量のウェイトを挙げている。

 

そんな光景を間近で見ると、今のトレーニングでヒィヒィ言ってる自分はまだまだだと感じる。

そんなトレーニングで流した汗は、身体の成長だけでなく、自分が生きていることを強く感じさせてくれる。

 

楽器を演奏したりするのもいいだろう。

DJがCDプレーヤーかどうかは置いておいて、PCに任せれば子供でも様々な楽曲を作成し、再生できる。

しかし、それを自分で演奏するとなると1つのパートを習得するのにどれだけの時間がかかるだろうか。

 

 

機械というのは端的には効率化の道具だ。

しかし、効率的でないところに人間らしさ、いわば肉体感覚が残っていると思う。

 

最先端のテクノロジーを全て避けるのではなく、取捨選択して取り入れ、同時に自分の肉体感覚も研ぎ澄ましていくハイブリッドな感覚が必要だ。

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