好き嫌いの価値観

雨が降って気温も下がり、片付けようと思っていたカーディガンを着ないと

部屋の中も少し寒いという4月半ば。

 

人生に安定など必要ない。

止まり木さえあれば、充分だ。

遅れてきた反抗期、ジョン前田です。

 

寒いと、暗い気分になります。

しかし、昨今の日本を覆う閉塞観は、気候や景気だけが原因でないでしょう。

 

日本の窮屈さ、はどこから生まれているのか?

一つの理由として、他人との価値観の対立 があると思います。

 

 

今回は、好き嫌いの価値観について、2つの視点から考えてみます。

 

(1)二項対立的な考え方をしない

(2)他人の価値観の許容

 

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(1)二項対立的な考え方をしない

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特に、二項対立的に分ける必要がない物事に関しても

好き・嫌いの2つに分けてしまいがちです。

 

そうなると、

自分が好きなモノ=優れている

自分が嫌いなモノ=劣っている

というような関係が構築され、対立関係が生じやすくなります。

自分 vs 自分が嫌いなモノを好きな人たち

という構図です。

 

例を挙げてみます。

「男が好きな女性の髪型」としましょう。

ロングが好きな人、ショートが好きな人、他にもパーマ派や金髪派など

様々な好みがあります。

 

自分が好きな髪型なんて、個人の自由ですし

他人を否定する要素になることはありません。

 

しかし、ショート好きな人が

ロングはダメだ・嫌いだ、と言うようなことは往々にしてあるわけです。

 

ショート派の人にとっては、

好き、の部類にショートを入れて

嫌い、の部類にロングを入れています。

 

この最初の分け方が対立構造を生むキッカケになります。

この解消法としては、

一度、全部「好き」の部類に入れてみて

その中でも特に、ショートカットが好き、と考える。

以上のような方法が有効です。

 

どんな髪型であってもイイと思うけど

その中で自分はショートが好きだ。

 

どんな髪型が好きであっても、

嫌いのカテゴリに特定の髪型を入れていないので

他者との対立構造が生まれません。

 

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(2)他人の価値観の許容

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上記の二項対立的な考え方をしない、という点に似ている部分があります。

 

好きな髪型、好きな音楽、好きな漫画、何でも良いのですが

他人の好きなモノを自分が好きと思えない時に

あーだこーだ言う人が非常に多いと思います。

 

例えば、

AKB好きな人に対して

AKBに全く興味がない人 or AKBが嫌いな人が

わざわざ否定的な発言をする必要はありません。

そのような発言は、また対立構造を生んでしまいます。

 

たとえ、否定的な意見を持っていたとしても

口に出す必要はありません。

不毛です。

 

自分の好きなことについて話す方が楽しいです。

だから、自分が好きなモノを、好きじゃない人に対しては

無理に話す必要はありません。

 

しかし、何かを否定することは

自分が相対的に上になった気分がしがちなので

なかなかやめられません。

 

注意しなければなりません。

 

他人の多様な価値観を許容しないと

自分も生きづらくなります。

 

私は、「自分は自分、他人は他人」と考えて います。

そうすれば、他人と考えや行動が異なる時も

不安になることはありません。

 

本心を隠して、無理に他者・多数派に迎合する必要もないわけです。

 

日本は、集団への同化が求められることが多いですが

他人の価値観(好き嫌いetc含む)を許容して

自分とは完全に別だと割り切ることで、集団へ同化しないことが

苦になりません。

 

 

個人が

好きなモノについて話し、行動して

かつ、他者の価値観を否定せず、認め合えば

閉塞感は少なからず減って、もっと日常が楽しくなるはずです。

 

 

以上