長寿の未来

何のために生きているのか、わからない。

来月も働くために、今月も働いているのか。

子供の頃、何が楽しくてあんなに走り回っていたのだろう。

 

枯れた大地の恵みのオアシス、ジョン前田です。

 

NHKの番組を書籍化した

『NEXT WORLD』という本を読みました。

 

要は、近未来のテクノロジーに関する話。

 

その中で長寿に関係する技術も多くあり、

色々考えたので、メモ。

 

本の中で、長寿の手段として、主に2つの手段が紹介されていた。

 

(A) 細胞を若返らせる方法

(B) 身体を機械化、意識をデジタル化する方法

 

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(A) 細胞を若返らせる方法 について

 

テクノロジーで、老いない身体にする、

老いても若返りができるようにする、というアプローチ。

 

そうすれば、平均寿命は120歳越え!みたいな事も可能らしい。

 

こういうテクノロジーに関して、思うのは

「長寿になって、何がしたいのか?」ということ。

 

30代の身体で、120歳まで生きたとしよう。

平均寿命の80歳からの、増加分の40年間、何をするのか?

働くのか?遊ぶのか?

 

技術で、寿命が40年間増えたら、労働時間も40時間増えるのでは?

 

定年60歳、年金支給65歳 という既存のシステムから

定年100歳、年金支給105歳、という制度に変わるのではないか。

 

定年60歳で、年金65歳から受け取り、120歳まで生きるとなると

国家財政が破綻する。

 

若返りによって、医療費が抑制されても

生活費はかかるわけで、年金の財源が足りそうもない。

 

おそらく、労働が40年も増加する(つまり倍になる!)なんて

多くの人々は望んでないだろう。

 

きっと、遊びたいはずだ。

 

となると、単純に長寿を技術で達成することと同時に

いかに、人生における労働の割合を減らすか、ということも考えないといけない。

 

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(B) 身体を機械化、意識をデジタル化する方法 について

 

まさに、攻殻機動隊の世界観。

四肢が不自由だったり、五感の欠損を機械が補填してくれるのは

素晴らしいと思う。

 

しかし、仮に全て身体が機械になったら

感情や感覚も、誰かのプログラムの範疇でしか

存在しえなくなるのだろうか。

 

正直、気持ち悪い。

 

機械化したら、いつ死ぬのか?

パーツ交換をしていけば、永遠に生きていけるのだろうか?

 

子供を産むという機能は、機械化はできないだろうから

ある程度生身の人間が一定数いて、老いたら機械化、のような流れになるのだろうか。

 

もはや生命の定義が、曖昧になっていく。

 

食欲、睡眠欲、性欲なども、無くなってしまうのだろうか。

 

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きっと、先20年くらいで、想像できなかったような未来になっていくのだろう

 

楽しみと不安で一杯だ。